「世の中はよくなったりしないんだから、それが嫌なら、火星にでも行って住むしかない」
火星に住むつもりかい? 真壁のセリフより。
こんな方にオススメ!!
- ディストピア的世界が描かれた世界が見たい!
- スカッとする物語が読みたい!
- 正義の在り方について考えたい!!
最初に
皆さんは「こんな世界になったらいいな」と考えることはありますか?願い事が何でも叶う世界を以前紹介しましたが、そこまで行かなくてももっとこういう世界になったら良いなと思うことは多々あるはずです。
「もっと給料が上がったら良いな」「もっと人が優しくなればいいな」「もっと怖くない世界だといいな」と願うことは決して間違ってはいません。そういった願い、あるいは欲望が原動力になったりするものです。
しかし、なったらいいなという世界が必ずしも満足する結果を生むとは限りません。むしろ、恐ろしい世界に変貌してしまう可能性もあるのです。そう、今生きている世界が天国に思えるほどの残酷な世界に……。
さて、そんな”あったらいいな”が行き過ぎてしまった世界で”いたらいいな”と思ってしまう人物が現れた物語です。
『火星に住むつもりかい?』著:伊坂幸太郎
果たして、「正義」が救えないものを救うのは「悪」なのでしょうか……?
あらすじ
日本のありえたかもしれない世界、ある事件がきっかけで、薬師寺警視長によって「安全地区」そして「平和警察」という概念が生まれました。「平和警察」は「危険人物」と事前に判断した人間を捜査……というより拷問することが出来て、犯人と主張させて処刑することで正義を自称していました。犯罪者は減り、国民の支持も得られたものの、実際には多くの冤罪者も出ており、「安全地区」は一種のディストピアと化してしまったのです。
中には、ただ「気に入らない」という理由や、「ちょっと怪しい」という理由だけで殺されてしまったりした人たちもおり、平和警察についてちょっと調べたり、あるいは批判的なことを言うだけで「危険人物」扱いされてしまったりと、「安全地区」は完全に「平和警察」に支配されてしまったと言えるでしょう。
そして、とある事件がきっかけで、危険人物として収容されてしまった人物たちがいました。冷徹な拷問を受け続け、ありもしない罪を自白させられそうになった瞬間、彼らを救う存在が現れたのです。全身黒尽くめで謎の武器を扱うその人物は、秘密警察を打倒し、見事、「危険人物」たちを救い出します。さながら間違った「正義」を正す真の正義のように……。
当然、彼の存在を認めない薬師寺警視長は、部下である二瓶に命じ、捜査官である真壁とともに、怪しい人物である大森鴎外について調べていきます。そして、とある作戦が決行されるのですが……。
主な登場人物
謎のスーツ男
平和警察や、悪事を働く者たちを打ちのめす謎の男です。なぜ、救う人間と救わない人間がいるのか、なぜ警察すら驚くような武器をなぜ使うのか、その謎の正義感を読み解いていくのが本作のテーマでもあります。
真壁
平和警察を批判しながらも捜査官として、平和警察に協力する変わった人物です。物事を虫に例えながら彼なりの正義感で事件を考えていきますが……。
二瓶
「平和警察」をかなり盲信していますが、真壁捜査官と行動する内に様々な考えを抱いていくことになります。この物語の狂言回し的側面もあるといえるでしょう。
薬師寺警視庁
平和警察を作った張本人です。情の欠片も感じさせず、冷徹さと厳格さに溢れた人物であり、人を盾にするのが特技です。
大森鴎外
美容室のシーンでたまに映像として映る何の変哲もない学生ですが……
おすすめポイント!!
正義と正義と正義のぶつかり合いがあなたを燃えたぎらせます!!
スーツ男だけではなく、真壁捜査官と薬師寺警視庁の正義の三つ巴が見ものです。
正直、どこからどう見ても、薬師寺警視長は悪者なのですが、それでも「平和警察」は国民の支持を得ており、ほとんど洗脳に近いとはいえ、「正義」をなしているといえば、いえるかもしれません。しかし、そのための犠牲もまた、図りしれず、むしろ、事情を知る読者目線から見て「悪」といってもいいでしょう。
真壁捜査官もまた、「秘密警察」の存在をどこか非難しながらも、正義のヒーローについても懐疑的であり、独自の論理や考えを二瓶に語ります。軽い口調ながらも、物事の真理をついたような発言はつかみどころがないながらも彼なりの信念を感じさせます。「正義」か「悪」かも言い切れず、中立と言って良いかもしれません。
そして、「正義の味方」である黒づくめの男、彼の正体もまた、謎に包まれています。なぜ助ける人がいるのか、なぜ助けない人がいるのか、どうして助けるのか……物語を読み進めていけばわかりますが、彼もまた独自の正義感を持っていました。しかし、薬師寺警視長が収める世界の中では間違いなく「悪」であり、完全な正義とは言い難いものがあります。
結局、それぞれが色んな形でぶつかりあっていくのですが、結局の所、どの正義が正しいかも人によって意見が別れます。もしかしたら、物語内だけではなく現実でも起こっている正義の論議なのかもしれません。どの正義にも世の中を良くしようとするものですが、ポジティブ的側面、ネガティブ的側面があり、理屈でどうこうできる話ではないのです(最も、薬師寺警視長本人でいうなら明確に悪と言えるかもしれませんが……)
3つの正義がどのような争いを経て、どのような結末を迎えるのか……最大の見ものです。読んでいる内に、あなたも白熱した気持ちになってくるでしょう。
あなたを確実に騙す伏線!
ディストピアチックな世界観で繰り広げられる正義がテーマの物語ですが、ミステリー的雰囲気もあります。
やや複雑な描写ですが、終盤に差し掛かると、思わず「ああっ!?」と叫びたくなるような展開が山程襲いかかってきます。ヒーローの正体、平和警察の闇、怪しい人物、そして、今まで出てきている登場人物など、数々の予想を軽々覆していきます。
私も多くのミステリーを読んでますが、予想できた展開はほとんどなく、何度も続くまさかまさかの展開に後半になってから一気に引き込まれました。
人物や、動機、トリック、そして「正義」について在り方など、あなたの想像もしないうちにあなたは騙されていたことを知ります。そして気づいた時に爽快感はひとしおです。
ぜひぜひ、じっくり注意深く読んでいってください。それでもきっとあなたは騙されるでしょう。物語の基本でもありますが、明確に言えることは、全ては一つに繋がっていたのです。
物語の中の「正義」について考えてみると……
小説内の世界は、読めばすぐわかるほどの「正義」の暴走したディストピアであり、平和警察の裏を知ってしまったらこんな世界に住みたいとはとても思えないでしょう。
では、仮に、「事前に危険人物を判定する」ということが正しい場合、どこが、ちょうどいい地点なのでしょうか?考え始めるとなかなか切りがありません。もっと邪悪な人を見つけられる技術を発明するのか、それとももっと情状酌量の余地を与えるのか、考えられることは色々ありますね。最終的にそもそもそんなことはしないほうがいいという結論に落ち着くかも知れません。
一つだけ言えるのはどこまで行ってもやはり、「しない」という回答を含めて完全な回答とはならないということですね。何かが強まれば、基本的に何かが弱まるのが世の常であり、そしてその事実が次のセリフに繋がっていきます。
「世の中はよくなったりしないんだから、それが嫌なら、火星にでも行って住むしかない」
火星に住むつもりかい? 真壁のセリフより。
どこか諦観気味でネガティブに満ちたセリフですが、本のタイトルでもあり、真壁という人物を表す言葉でもあり、そして、「正義」の意味について本作がたどり着いた一つの答えでもあります。どこまで行っても答えのでない正義の”問い”ですが、
こんなタイトルですが、この本をすべて読み終われば、きっと火星に行きたくはなくなるでしょう。それよりもすべきことが見つかるはずです。
ちょこっとダメ出し
「警察を悪者にする」という部分は昨今のミステリー小説などでやや見飽きてるかもしれません。あと、登場人物の項目でも話しましたが、主な登場人物が出てくるまでも長く、あちこちで描写が繰り広げられるので混乱してしまう部分がありました。
あらすじを強く覚えておくことが大切です。
最後に
かなりボリュームの多い内容で、序盤はちょっと描写過多の一面があり、読むのが難しいですが、その分、後半からの伏線回収が気持ちいい物語でした。
割とわかりやすい、ネガティブMAXなディストピアですが、その分、「正義」について考える材料になると言えます。「悪」がもっと監視され、国民が「正義」のブレーキにならない場合、「果たして何がブレーキとなりうるのか」という一つの答えとなるでしょう。
ただし、気をつけてください。私も解説を読んではっとしましたが、この物語の国民を決して笑えない考えをあなたも持ってしまっているかもしれません。物語をすべて読み終わった後、ぜひ、また考えてみてください。そこから、新しい「正義」が生まれる可能性があります。
「正義」というのは難しいものです。ただ、「悪」を倒せばいいというものでは決してありません。
とりあえず、私も今の所、火星に行くつもりはないので、正義についてネガティブ的側面も含め、今後もじっくり考えていきたいと思います。
面白かったらお願いします。
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