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最初に
このブログではネガティブなものをポジティブに置き換えたり、逆にポジティブなものをネガティブに考えられるような、本や映画などの作品を紹介していきました。
さて皆様に質問です。
別々の言葉ながら、お互いに関係があり、ポジティブであり、ネガティブでもある2つの言葉とは何でしょうか?
タイトルでお察しの方もいらっしゃると思いますが、答えの一つは薬と毒です。「薬も過ぎれば毒となる」「毒もわずかであれば薬になるものがある」とこの両者はポジティブとネガティブにおいて表裏一体の側面を持っています。
私が思うポジティブとネガティブの関係に非常に近いと言えますね。ただ、厄介なのは、人によってどれくらいから薬になるか毒になるか、そもそもその人にとって「薬」なのか「毒」なのかが変わっていく作品でもあります。(例で言うならアレルギー、鎮痛剤などがあがるでしょうか)
さて、今回の物語です。
タイトル、そして最初の独白から、全体の物語に暗雲が立ち込めているのがわかります。そして読者は3つの時間軸を行ったり来たりすることになるのです。ちょっと追うのが難しいかもしれませんが、その分、全てがちょっとずつ分かっていく感覚は、長めのサスペンスならではの醍醐味です。
ゆっくり読んでいきましょう。
あらすじ
2,016年、老人ホームで、葉子は過去を思い出していました。
それは、約30年前、葉子は1985年のこと、妹の事業の失敗により、多額の借金を押し付けられ、さらには言語に障害がある妹の子供、達也を預かり、そのまま夜逃げすることになってしまったときのことです。
彼女は職安で希美という女性に出会いました。
様々な面で意気投合しながらも葉子は希美から自分以上に薄暗い過去を感じていました。そして、彼女からとある人物の住み込みの家政婦としての仕事を紹介され、そのまま働いていくことになります。
様々な人の助けのもと、忘れていた友情や愛情、人の優しさを感じていくとともに、達也に対する接し方や自分のこれからの人生への歩み方などが葉子の胸によぎります。そして、親友となった希美が見せる自分以上の闇についても……
ある事件がきっかけで、恐ろしい真実が明らかになります。それは更に過去、1965年、さらに過去に遡り、繋がっていきます。
さらに現在に繋がる、「毒」になるのです。
この本のオススメポイント!
中盤の大ドンデン返し
最後の最後にドンデン返しがあるというのは物語の基本ですが、この物語はなんと中盤で非常に大きな事実が判明します。むしろここから全ての物語が始まり、そして繋がっていくと言っても過言ではないかもしれません。とある事件が起きてから全てがわかっていくまでが全体の5割付近なのでつまり、
半分ほどで物語に壮大な伏線をはり、
もう半分でちょっとずつ伏線を回収していくということです。
隅々まで読みきらないと伏線に気づかないと言われるかもしれませんが、後半で別の人物の視点から過去の出来事が繰り返されるので、記憶を思い起こせます。従って読み返す必要はあまりなくなりますが、読み返してみても面白いかもしれません。
かなりの驚愕、そして事実がわかってからのじわじわとわかっていく真相があなたを待っているので、長編作品が苦手な方でも十分挑戦して見価値がある作品と言えるでしょう!
人生の不平等さをこれでもかと頭に叩き込まれます!
物語の中ではこんなニュアンスのセリフがあります。
「人生には帳尻があり、悪いことをしたら死ぬ時に調整される」と。
最もこれを言っている人がなかなかひどい性格なので、「お前が言うな」と言いたくなりますが、言葉そのものは、世間一般論としては何かとよく聞く言葉です。前にも別の話で言いましたが、悪役ほど都合よく正論を使いたがるものですね。
悪いことをすれば必ず、色々な形になって報いになって返ってくるということは言葉自体で言うなら間違ってないとは思います。
しかし、人生の最後に帳尻を併せて全てが精算されるとして、生まれる前、もしくは生まれたときの子供への負担は果たしてこの理論に加味されているのでしょうか?もちろん生まれの不幸や、境遇などを理由に犯罪をしても情状酌量の余地はあれど許されることではありませんが、単に「許されないこと」で、流していい問題なのでしょうか?
中盤から登場人物である希美の過去について掘り下げられますが、彼女の闇を見たとき、どうしても嘆かずにはいられません。そして葉子に繋がっていく友情も、過去があったから生まれた以上、少なくとも全否定はできないでしょう。
いつも言っていることですが、誰かが極端に不幸だったからと言ってあなたの不幸が楽だなんて言うつもりは一切ありません。ただしかし、世の中にはあまりにもどうしようもできない不平等さもあるということをわかっているだけで、誰かの救いになるということはあります。
不平等はいくら学んでも学び足りないぐらいなので、時折こういった小説で胸に叩き込むことも大事だと思います。
希美と葉子、そしてとある人物を見ていればよくわかるでしょう。
Nテーマ「裏」について考えさせられます!
さて、ネガティブテーマ、通称Nテーマについてです。
あらすじでもわかるぐらい希美にはわかりやすく、そして深刻な「裏」がありました。もちろん、障害がある甥っ子を妹夫婦からおしつけられ、借金を背負わされたことを秘密にしている葉子にも秘密という名の「裏」があるのがわかるでしょう。まあぶっちゃけてしまうと登場人物の多くはだいたい「裏」を持っています。
裏というと何かとネガティブなイメージですが、一方で裏があるからこそ、表ではポジティブなことができるということは少なからずあります。まあ、悪用すると、結局「詐欺」というネガティブな行動につながってしまうわけですが……。
とはいえ、隠し事や秘密のない人間なんているはずがありません。秘密の容量が多いか少ないかです。細かな秘密を多く抱えている人もいれば、誰かにわかってしまえば破滅してしまうというほどの大きな秘密を一つだけ抱えている人もいます。
なにより、「裏」を背負うことになった原因が本人のせいなのか否かということまで考えると、「裏」ということを単純にポジティブに考える……というよりはネガティブに考えすぎるのは危険と言えます。
では「裏」自体が良いことか、悪いことかというと、実は『愚者の毒』ではどちらも描かれています。「裏」があるからこそ優しい人、「裏」のために優しくなる人、「裏」があるからとにかく頑張れる人などなど様々です。
そして何より大切なことがあります。
誰かの全てを知る必要なんてありませんし、できません。「裏」があったっていいんです。葉子は希美に裏があることをわかっていましたが、彼女に失望することはありませんでした。
それは「信用する」という感情より「裏切られてもいい」という少しネガティブなものだったかもしれません。しかし、「裏」を受け入れても通したい友情を確かに感じることができました。
ちょこっとダメ出し
やはり、時系列が行ったり来たりして混乱しがちです。読書になれている方なら受け流しの仕方もわかったりするのですが、初心者の方には挫折しがちかもしれません。あと、ミステリー慣れしている方だとちょっと先が見えてしまうかも……。
終わりに
正直、かなり読むのに時間がかかりましたが、その分、非常に読み応えのある作品でした。
一つだけいい部分でも悪い文でも書かなかったことがあるのですが……実はタイトルの意味だけ少しはぐらさかれた感じです。作中の人物の言葉、そして使われた場面からなんとなく独自解釈はできるのですが……当然ネタバレになるので言いません。
ただ、「愚者」という言葉に関してはあまりにも悲しすぎる意味がありました。確かに何も知らない人間にとっては「愚者」のような行動だったのかもしれません。何も知ることができなかった人に対してもただ、愚かな印象を与えただけかもしれません。
「毒」と「薬」、もう一度言いますが、毒は薬にもなり、薬は毒にもなるのです。そして、作品では様々な毒や薬があったといえるでしょう。苦しみを救った薬がやがて毒になり、毒がすべてを救う薬にもなりえるのです。
言葉に関しても同じことが言えますし、実際上の見出しでもあげた「帳尻」に関するものもそうです。同じものでも人によっては毒にも薬にもなります。
ぜひ、読んでみて「愚者の毒」というものがどういうものだったのか、考えてみてください。もしかしたら、私にはわからなかったもっと大きな秘密が隠されているかもしれません。
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