こんな方にオススメ
- 水戸黄門的みたいにスパッて裁かれるのっていいよね
- コメディっぽい邦画がみたいなあ……
- 空想でぐらい巨悪が倒されるところが観たい!!
この映画を見れば……
気分爽快!!!
最初に
「嘘」
ネガティブでありながら身近に存在します。
マジックや小説なども嘘の技術の一つといえるので、簡単にネガティブとは言い難いですが、よく「嘘を付くと閻魔大王に舌を抜かれるよ」と言われるぐらいですから一般的にはやはりネガティブな印象が強いのでしょう。
さて、今回の映画ですが、舌がいくらあっても足りない嘘だらけの物語です。
始まりも嘘、途中も嘘、味方も嘘、敵も嘘、いよいよ真実が……と思ったらそれも嘘、そして当たり前のように信じていたことも嘘、まあとにかく嘘だらけです。
一方で同じ嘘でも観ていて不快になる嘘と気分がいい嘘もあり、考えてみるとなかなか楽しいものです。見る側の印象の違いか、それとも実際にやる行為の問題か……ぜひ観て確かめてみてください。
ちなみに今回は第二作の方だったみたいでそうとは知らずに観てしまいましたが十分楽しめました。
あ、ただ一つだけ言っておきます。登場人物すべての全ての行為ですが
絶対に真似しないでください。
割としゃれにならない犯罪が多いので。当ブログはネガティブといえど、犯罪行為を助長するブログではございません。
あらすじ
はじまりは怪しげな場所で、怪しげな作業がしている人々が映し出されるところから始まります。どうやら、かなり後ろめたい活動をしているようですが……。
一方、主人公の一人、小池則夫が営む古物売、「古美術 獺」、副業で占いもやっているような胡散臭い店ですが、ある日、テレビで取材されます。大喜びでもう一人の主人公であり、陶芸家である野田佐輔が作ったお宝を紹介しましたが、なんと安物、偽物よばわりされ、この「嘘」によって二人の評判が地に落ちてしまいます。
それぞれの家族にも馬鹿にされ、面白くありません。
そんな中、志野と名乗る美しい女性が店に来ました。
「父の形見の茶碗を探してほしい」と写真を渡されます。小池は写っている茶碗が”はたかけ”と呼ばれる超がつくほどの価値がある茶碗であることを見抜きます。「なくしたとなったら母がどれだけ悲しむか」と語り、美人に弱い小池は、軽々しく了承してしまいます。とりあえず女性を慰めるため、「茶碗が戻ってきた」と救いのある「嘘」を言えるように野田に贋作を依頼するのですが……
この「嘘」が後に壮大な「嘘」と「嘘」のぶつかり合いに発展していくのです。
正義とはなにか?悪とはなにか?
どこか時代劇っぽさもあるコメディ色強めな悪人成敗映画です。
とはいえ、小池たちも決して善とは言えません。(というより普通の人より多分ちょっと悪寄りです)しかし、悪人と巨悪は決して紙一重ではありません。
悪事をする目的が自分のためか、誰かのためか、あるいは世界のためか、ということに別れ、さらに自分のこととなると、自分の欲望のためか、それとも自分の信念のためか、というのが一つの分水嶺となります。
ただ実はどれが正しいかどれが悪いかはまた一概にも言い切れないところがあります。僅かな悪が誰かに致命傷を追わせたり、欲望がきっかけだったのが多くの人の救いになることもあります。(これとか)
一つだけ言えるのならば、自分が何を犠牲にしているのかぐらいは考えておきたいものですね。
当作品に出てくる巨悪と呼ばれる存在は、誰を怒らせたのかすらわからず、警戒もしていなところから不意をつかれることになります。
物の価値
欠けているから値段が下がる、貴重だから値段が上がる……。そんな価値観は割といつでも簡単にひっくり返ります。
作中では何も知らない人間から見れば、欠陥商品とすらいえる茶碗がすべての騒動の発端となります。裏にある深い歴史、貴重さ、そして歴史上の人物のファンの多さ、そして何よりも、「本物」の特徴を深く知らなければ、価値などわかりようがありません。
最も、ホンモノに近い偽物とわかって使っている方もある程度いらっしゃいますし、一概に偽物、安物を使うことが物の価値がわかっていないとは言い切れません。
これに関して、私オリジナルですが、わかりやすい例えがあります。
焼肉で、カルビという説明不要の部位がありますよね?(ぶっちゃけどこの部位でもいいんですが)上カルビや特上カルビという存在も有り、当然そちらの方がおいしくて貴重……と思っていらっしゃる方も多いです。
よく聞く話だと、実際はただの部位の違いであることも多いです。(全部とは言いません)希少価値などによって値段が上下することはありますが、決して上や特上のついた部分よりも普遍的においしいということはありません。普通のカルビの方が好きだし美味しいと思うという方がいらっしゃっても決して恥じることではないのです。
強いて恥じるとすれば通常のものと特上と呼ばれているものの違いがわからないことですが……価値を知るにはどこまでも学び続けるしかないですね。一般論に流されることではなく、自分の好み✕値段の価値を知ることです。
最も、わからないものには無理に近づかないという手もありますけどね。
ちなみに私は本場のフカヒレスープより、母親に言われて飲んでいた卵を使ったなんちゃってフカヒレスープが好みでした……。これはただの馬鹿舌かもしれません。
戦略としての嘘
「兵は詭道なり」という言葉をご存知ですか?
攻めると見せかけて守る。守ると見せかけて逃げる。逃げると見せかけて攻める。といったように、相手の思惑を読み、相手の思惑から違う所攻めるのが戦場でのうまいやり方である、という孫氏の言葉であり、ことわざですね。
この映画でも嘘をつくにしても様々な戦略が伺えます。
ざっと並べるだけでも、自分の得意分野や得意な場所に誘い込む、自分が誰かを悟らせない、相手の弱点を嘘によって作る、相手の出方を予想する、同情を引く、相手の欲を刺激する、善に訴えかける、といった形を嘘によって生み出したり、あるいは嘘をつくための地盤づくりに活用し、「孫氏の兵法でも読んだの?」というぐらい巧妙な舞台を作り上げていきます。
「えーずるいじゃん!そんなの!男だったら!!まともな人間だったら!!1対1で小細工なしの正々堂々勝負が一番じゃい!!」
とまあここまで行かなくても似たようなことを考える人もいるのではないでしょうか?
そんな方に残念なお知らせです。
犬ですら攻めると見せかけて引いたり引くと見せかけて攻めたりしてますよ?
人は犬とは違うと言いたくなる気持ちもわかりますが、知略が犬未満と言われたくはないと思いますので多少卑怯に見えても詭道を知ることは悪くないと思います。
知った上でそれでも正々堂々を貫くもいいとは思いますが……おそらく、だいぶ辛い道、人生になると思います。
「嘘」をつくのは良くないと言われていますが、強大な敵に立ち向かうには「正直さ」だけでは厳しいかも知れません。最も、作中の犯罪行為に片足を突っ込んだようなものではなく、相手が思ってもみないところから攻めるということが大切なのです。
終わりに
コメディですが、何が「嘘」で、何が「本当」を深く考えながら見ることも出来るので、ちょっとミステリー感覚も味わえる映画です。1作目があるとは知らず、2作目から紹介する形となってしまいましたが、十分に楽しめました。
「嘘」に葛藤を抱く人、平然と「嘘」を付く人、その差は善を感じるか……というよりは、自分に自信をもっているかどうかなのかもしれません。
そして、意外なところで自信が崩れたら、「嘘」で固められた自身の力を落とすことになります。
人間ですから、「嘘」をつくこともあると思いますが、「嘘」をつけばつくほど、リスクがあるということだけはわかっていたいものです。とはいえ、なかなか難しいものですが……。
登場人物を全て笑いながらも、現実の自分が笑いものにならないようにしたいものですね。まあ人生で数回ぐらいは致命傷にならない程度に笑われるのも良いかも知れませんが。
もう一つのテーマ
「人情」ですね。ただ、いい意味だけとは限りません。
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