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こんな人にオススメ!
- 「あの人悪くない、私が悪いんだ……でも辛い」
- 「どうしてこの人は私を傷つけるんだろう……」
- 「私は優しいから……優しくなきゃだめだから……」
日本人の美徳としてあげられるものに、「勤勉」と「忍耐」、それから「善性」がよくありますね。よく働くし、よく耐えるし、よく奉仕する、といった行動はたしかに良く見られます。
私の考えとしては、必要とされるのは海外に行くような人ですね。日本より治安が良くなかったり、労働形態が違ったりするからギャップに気をつけろということを言っているのだと思います。つまりは日本のセールスポイントというよりは、海外に行く前の心構えという側面が強いのではないかということです。
つまりどういうことか。
当たり前ですが、日本人にも当然、悪い人はいますし、適当な人もいますし、我慢が足らない人もいます。とはいえ、必ずしもそれが良い悪いといえないのも事実。悪い生き方が賢い生き方としてとりあげられたりもします。あまり無責任にオススメはできませんが、まあそういう一面もあるということです。
しかしながら、世の中にはどう頑張っても擁護のしようがない邪悪な人間もいます。人を傷つけて支配しようとする人、奪おうとする人、こういう人間に目を向けないのは危機管理が足りない、もしくはそういう人そのものと言われてしまう恐れがあります。
安心してください。あるいは、気に留めてください。
あなたが悪くなくても、あなたを傷つける人はいます。
今回紹介する本は他人を攻撃せずにはいられないという絶対に近づきたくない人間について書かれている本です。残念ながら対策法についてはあまり触れられていません(全体の1割程度です)
しかし、邪悪を隠す人間を見抜く能力を鍛えることはできるので決して無駄にはならないでしょう。とはいえ、読むのには少し覚悟をお決めください。
ネガティブ力がなければ逆に人間不信に陥ってしまうかも知れません
境界線の中間
タイトルを読んで、SNSでひたすら誰かの悪口を言っていたり、あるいは大通りの真ん中で大声で誰かの悪口を言うような人を想像した人は多いのではないのでしょうか?
確かに大迷惑極まりないですし、厄介といえば厄介ですがそういったわかりやすい悪ではありません。本書で上げているのは「あなたのため」「あるいは教育のため」「善のため」といったようなごまかしがきくようなわかりにくい悪です。
言ってみれば善と判断するも悪も判断するのも難しい、ちょうど境界線の中間辺りを狙い、他者の反論を許さない、あるいは許したとしても善の名のもとに痛烈に反撃しやすいポジションを確保する悪、といったところでしょうか。
たちが悪いのが本当に「その人のためなのか」あるいは「ただ単に嗜虐心を満たしたいだけなのか」というのがわかりづらいことです。じっくり分析したり、あるいは何かしら動きを観察すれば読めてくることもありますが、そういった力をまず奪ってから、こういった悪事をなすのが彼らの基本戦法です。
こういったわかりにくい悪ほど、最初に上げたSNSで攻撃されにくいというのもあります。(全くされないとは言いませんが、泥沼の反論になりやすい傾向があります)
つまり、外部からの助けのはなかなか期待できず、自分でなんとかするしかないということです。そして、急がなければなりません。放っておけばいずれ自分の力を奪われ尽くし、取り返しのつかないことになってしまうでしょう。
相手の戦略
これがまた非常に狡猾です。
周りを味方につける。強いものを盾にする。反撃できない状態にする。相手の弱みを握る。という傾向で様々なやり方を使い、人支配することで自分の欲望を満たしています。
特に冒頭で世間論などをよく使いますね。「優しくなければいけない」「我慢しなければいけない」といった大多数の人間に受け入れられやすいものをよく多用し、弱い人だけではなく、普通の人も弱らせ、そして支配し、自分の利益のために動かしたり、あるいは支配欲を満たしたりし始めます。
少し前の記事です。
この記事でも言いましたが、意外と悪役ほど正論、あるいは一般論を使いたがり、そして不足している部分を攻めてくる傾向にあります。そして生まれた罪悪心を利用していくのです。
皆様に考えてみてほしいのですが、世の中が抱く一般論を100点満点で達成している人はどれほどいるのでしょうか?そしてそういった人間になりたいと思う人は本当に多いのでしょうか?
もう1度考えてみてください。自分に、あるいは他人に一般論を求めすぎてはいませんか?もちろん全く必要ないとまでは言いませんが、誰かを攻撃するための正当性のため、一般論を使ってしまうと誰かに利用されてしまうかも知れません。
正論や常識というポジティブにとらえれがちなことが時に人を追い詰めるきっかけになってしまうのです。
結局どうすればいいか。
正直8割ぐらい、絶望したくなるようなことが書いてありますが、最後のページから1割ぐらいにかけて、対抗策が書いています。「もう現実でお腹いっぱいです……」という方はこちらを読んでから、あらためて最初から読むのも手かもしれませんね。
「強く反撃する」「あるいは賢く反撃する」(いつぞやこれみたいな)といったやり方ではなく、消極的と思えるようなやり方ですが、少なくともリスクは少なく、やってみると意外と効きそうな手段が書かれていました。
あくまでミクロな視点でとらえてますが、マクロな視点で考えるといじめやパワハラといった社会問題にも通じる問題であり、こういった問題が簡単になくならない以上、消極的な解決策しか個人でできることはないのかも知れません。
リスクを取るようなやり方になってしまうと完全に戦争みたいな形になってしまう……と考えてしまいます。
話は変わりますが、最近アニメでこんな台詞がありましたね。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」
「鬼滅の刃」より
まさにこれが答えの一つです。
支配されたらもはや命を握られているの同じ、かといって戦う必要はありません。
殺さず、殺されずを意識していきましょう。
総評
忌々しい話ですが、馬鹿な悪は周りもわかっているのでそんなに恐ろしくは有りません。目的のために周りを利用し尽くし、周りが破滅しても構わず、そして最短距離を目指す人間こそが恐ろしいのです。
長続きしないとは言いますが、被害にあっていしまい、壊された人のほうが相対的に長くは持ちません。そもそも壊されたあとに、原因が報いを受けたとしても慰めになるかは微妙な話です(全く無いとはいいませんが)
もう一つ、大切なことがあります。他の人の苦しみは想像以上に共感しづらいものです。たとえかつて、あるいは今、自分が経験していた苦しみだったとしてもです。私は障害者ですが、同じ障害者と言われたからと言って「苦しみの気持ちがわかる」などと言われても少々複雑な気持ちになります。
この本を読めば、巨悪を見極め、ひとまず逃げる必要性を考えられるようになるだけでも十分価値があり、そして、もしかすれば、今まで軽く見ていた誰かの苦しみを理解することが出来るかも知れません。
忘れないでください。すべての人が善人でないからこそ、善は価値があるのです。私みたいに人間不信になる前に、本当に信用できる人を見つける助けになることを祈っています。
もう一つのテーマ
「卑怯」ですね。「狡猾」とも言えそうですが、少しでもポジティブな言葉を使いたくないぐらい、いら立ちを覚えました。
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