テーマは「救い」と「???」 昭和のねずみ小僧と現代の公務員、救済はどこから来てどこへ行くのか。現代社会問題とミステリーの融合小説です。『レアケース』著 大門 剛明

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その他

オススメできる人

  • 甘えや救いが嫌いな方
  • ミステリーと現代問題を結びつけた物語が好きな方
  • 生活保護について深く考えたい方

p246

誰かを助けること、救うこと。

ポジティブの最先端であり、人が生きる目標としては十分とも言われているほど広大で崇高な言葉です。一方、「甘え」や「偽善」といった言葉に繋がりやすく、一歩間違えれば簡単にネガティブ要素の仲間入りです。

救いと思っていたら全く改善されなかったり、最悪もっと状況が悪くなったりとなかなかうまくいくものではありません。

今回は「救い」の中でもさらに賛否両論分かれる「生活保護」が関わっていきます。「どんな人でも最低限の生活だけはできるようにするべきだ」と言う方もいれば、「何もしていないのに金もらうなんてただの甘えだ」というのが主に分かれる意見です。

正直、鬱と障害という爆弾を抱えている身としてはとても他人事とは思えません。

そして「救う」という言葉もまたいくつか別れます。「とりあえず生きてほしい」のか、「自分で生きられるようになってほしい」のか。どちらかというと後者のほうが強いと思いますが、前者を見捨てるというわけにも行かないというジレンマがあります。

では、どうすればいいのでしょうか?

一つの究極の望みとしては「救いたい人だけ救う」というものがあります。独自で調べ、独自で判断し、独自で救う……。夢物語のようですが、生活保護とはまた違った形でなしとげる形はあるのです。法律的にも人情的にも敵を作りやすい上に、人はそういったものを「独善」というわけですから決して簡単でないなどというものではありません。人生最高レベルの難易度です。

今回はそんな2つの「救済」の物語です。

ちなみに本にも出てくる豆知識ですが、生活保護を受けている人、いわゆる被保護者のことをケースと呼ぶらしいです。なんとなくタイトルが読めてきましたか?

あらすじ

かつて大泥棒として名を馳せた義賊、ねずみ小僧。現代で彼の名を語り、そして彼の逸話通り、悪人から金をとり、貧しく苦しく暮らす人々へお金を渡す義賊が現れました。しかし、ある日、彼は今まで避けていた禁忌、殺人をおかしてしまったのです。

窃盗とは違う遥かに重い罪、彼は罪を償う気でいましたが、「ねずみ小僧」の精神だけは守りたかったため、ある行動に出ました。

一方、市の福祉課に務める石坂壮馬、色々とやんちゃした時期もありましたが、立派な社会人、そして公務員となった彼は上司である桃子にからかわれながら、生活保護制度のチェックをする仕事、ケースワーカーと呼ばれる仕事に努めていました。被保護者であるケースの中で、さらにトラブルが多い被保護者を問題ケースと呼ばれている人々にも対応します。

どこか若者らしさが抜けず、対応もおぼつかない壮馬は、問題ケースである人々に色々言われ、時に脅され、時に泣きつかれたりしながら、自身の立場や行動に葛藤を抱くようになっていきます。公務員というのはそんなにいいものなのか、なぜここまで言われないといけないのか。

しかし、そんな悩みも吹き飛ばすほどの事件が起きました。壮馬が担当していた問題ケースの人間が殺されてしまったのです。そして彼の元へ届けられたとある道具……。そして手帳をおとしてしまったことでなんと、壮馬が犯人と疑われてしまったのです。そしてねずみ小僧の影が再び世の中にちらつきはじめます。しかも今までとはやり口が違いました。違うはずです。全ては現場残されていたメッセージが物語っていました。

事件とねずみ小僧を追っていく中で、「救い」とはなにか、壮馬は考えていくことになるのです……。

救うべき人、這い上がる人

生活保護に関する問題は、テレビで特集が絶えないほど深刻な問題です。特にコロナ禍で経済が大打撃を受け、多くの申請者が出たという話も聞きます。明日は我が身……と、ついつい考えてしまいます。

そして厄介なのが生活保護を受けている方が下手に働くより、コストパフォーマンスが良くお金がもらえてしまうという概念もあり、生活保護受給者が最もやり玉にあげられる部分といえるでしょう。こうなってしまうと、なかなか抜け出すのは大変なものです。

一方、生活保護を受けたくないばかりにどれだけギリギリの生活を送ろうと、働いてお金を稼ぐのが人間、という考えもあり、むしろこういった人の方にお金を回すべきという声もあります。

小説内でもやはり生活保護を受け取っても前に進む努力をせず、あるいは出来ず、現状維持に落ち着いてしまうという描写が多く見られます。そして、必死に這い上がろうとする人は「自分にはその意志も資格もない」と言って、より苦しむ方向へ進んでしまう人もいます。

救うべき人、頑張れない人、あがく人、現状を利用する人……生活保護受給者の話だけでも様々な人が登場します。

自分が生活保護を受ける側になる……なんていうことは考えるとかなり不快になってしまうかもしれませんが、もし受け取る立場になったらどういう支援を望むのか、あるいは今どういう支援があるのか、という事を考えておくことは、いざという時の備え、あるいは選挙で政党を選ぶ際、役立つかも知れません。

義賊と正義と善

義賊と呼ばれる人物を単純に悪と決めつけるのも、治安を保つための組織を単純に正義と決めつけるのも同じくらい難しい話です。まあもっと言うのならば正義が単純に良いものとして受け入れるかどうかもまた問題なのですが。

ねずみ小僧のような義賊は大概、世間の仕組みが外れた人々を救うために現れます。どれだけ素晴らしく見える仕組みを作っても必ず外れる人はいます。私も外れたほうだと思いますが、ギリギリ色々な助けと犠牲があってなんとか立ち直ったのですが(といっていいのかまだわからないところがありますが)一方で、一人ではどうしようもない状況に落とされた人もいるのです。

善では救いきれない彼らを義賊が救い、義賊を捉えるために正義を名乗る組織が追う……というのは考えてみれば不思議な話です。「人の数だけで正義がある」という言葉もありますが、どちらかというと「正義」を名乗り人を「救う」のは一部分だけで他の人々は正義に逆らってでも救いたい人を救う、もしくは正義とか開くとか関係なく人を救う、という形に別れているのです。

まさにこの小説でも、義賊(ねずみ小僧)、正義(刑事)、そして善(ケースワーカー)と別れます。そしてそれぞれが葛藤し、あるべき道を考え、他の道を見つめつつも振り切るように自分の道を進んでいくのです。

「救う」というのはやはり複雑なのでしょうね。

怪しい人だらけ

さて、この本ですが、社会問題を扱いつつミステリーの側面もあります。もちろんねずみ小僧は一体誰なのか、という部分に集中しています。あまり複雑なトリックなどは登場しませんが、難しいと思います。

なにせ、生活保護という一般のレールから望むとも望まずとも外れてしまっている彼らは重い事情と複雑な過去を持ち、簡単には心を開きません。さらにはねずみ小僧自身もかなり狡猾に立ち回り、謎を複雑にさせていきます。

「救済」を目的にしている、という部分も難しさに拍車をかけている部分だと思います。当事者はもちろん、生活保護受給者たちを救うべき働くケースワーカーやその他の協力者の人々も候補に入りますので。

最もシンプルに誰か犯人か、と考えるだけで良い部分もあるといえるのでミステリーとしてはそこまで複雑ではないかもしれません。

単純にストーリーを楽しみつつちょっとした取っ掛かりを見つけたら考えてみましょう。

総評

「救済」をテーマにした社会問題とミステリーを併せもった小説です。読んでしまうと彼らの傍若無人っぷりにちょっといらだちを覚えつつも、裏に隠されたストーリーを見て複雑な心境に陥るかもしれません。

いつも言っていますが「自分の状況を幸せに思え」と言うつもりは一切ございません。

そうではなく、彼らは努力をしてこなかったとか悪いことをしたというわけではなく、世間から何らかの理由で外れてしまったということを理解することが大切です(どう考えても努力不足という方も完全にいないとは言いませんが、一度考えないようにしましょう)解決策は2つです。

1つは世間のレールに戻す手助けをすること、もう1つは世間のレールに乗らなくても生きていける手助けをすることですね。

ねずみ小僧とケースワーカー、それぞれがどちらの手助けをしているとも言えますし、どちらかしかしていないといえます。

当たり前ですが、犯罪を推奨するつもりはまったくございません。が、どちらの助けが正しいとはやはり言い切れません。今の正義を受け入れるにしても、捨てていいものを見なくていいというわけではないのですから。

もし、手助けをするということが現実離れして考えにくいというのであれば、やはり冒頭でも述べたとおり、自分だったらどのように助けてもらいたいか、を考えてみると良いかも知れません。

助け方と助けるときの葛藤を考えてみれば、自分、救いたい人が一番救われる道、そして歩むべき道を見つけることが出来るでしょう。

もっとも、私はそれ以上の道があると信じたいとも思いますが。まあやはり人類最高レベルの難易度なんでしょうね。

もう一つのテーマ

「贖罪」ですね。多分皆様が思った意味とはだいぶ違うと思います。

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